5年前を振り返ってみる

時刻は3月12日の1時を経過したが、なんとなく5年前を振り返ってみます。

 

[5年前の今頃]

5年前の例の日、自分は大学受験真っ最中でした。

大学受験はセンター試験の後に前期試験と後期試験に分かれていたのですが、私は前期試験に落ちたので、後期試験を3月12日に控え、不安やらでいっぱいでした。

(後期試験もおちたら予備校暮らし、、、それは避けたかった)

 

そんな中、友人からメールが来て見てみると、「東日本と西日本で天国と地獄だな(だったかな?)」そんな感じの中身で、「西日本に生きててよかった」というニュアンスでした。不謹慎かもしれませんが、西日本だったら…とぞっとしたのも確かでした。そして、慌てて居間のテレビを見たら、震災のニュースが流れていたわけですね。

 

そして自分が真っ先にやったことは、東北の大学のサイトにアクセスすること。受験生として、後期試験の扱いがどうなるのか、非常に気になるところでした。

一部はサイト自体がアクセスできずに、サーバが落ちたか?と思う大学もありましたかね。確か。一部はそのまま続ける雰囲気のところもありました。

実際のところどうなったのかは、私には分かりません。自分のことでも精いっぱいだったので。ただ、東のほうが大変なのに、受験を受けなければいけない、という複雑な思いがありました。

 

その日の夜には翌日の後期試験に備え、受験する大学の近くのホテルに向かい、泊まりました。ホテルのテレビはどのチャンネルも震災の特番ばかりで、テーブルの上にあったテレビ欄は無意味と化していました。

「ぽぽぽぽーん」で有名なあのCMを何度見かけたことでしょうか。。

(どうでもいいが、あのACのCM連打を見て、「テレビ局はACから金もらいすぎじゃないか?」みたいな声があった気がしますが、テレビ局はACから受け取ってませんからね。。。)

 

あとは、ホテルのテナントのおじさんが(阪神淡路大震災に比べて)今回はそこまで大きくなかったなどいってましたが、今考えるとそれが日本の大きな転換を迎えるような地震になるとは私自身おもってなかったかもしれません。

 

翌日、無事試験は終わり、その結果は合格で、いまの自分がいるわけですが、

試験の直後からしばらくは、震災で犠牲になった方の中に既に合格をもらっていた同年代の人もいるのかもしれない、と思うとやるせない気分になったのも確かでした。

 

[現在]

5年前は受験、今は就活です。就活の一環で企業の社員さんと話すイベントに参加し、若手の方と話すと、東日本大震災がきっかけとなった、などとおっしゃる方もおり、あらためてさまざまな影響を与えていたのだとしみじみ思います。

原発云々いろいろと騒がしいですが、批判するにも肯定するにも、”事実に基づく”数学的、物理的根拠をもとに語りたいものです。

 

[その他・ガジェット]

2011年といえば、この年の10月にかの有名なスティーブ・ジョブズが亡くなった年でもありますね。(僕はこの件に関して某脳科学者の方の好感度が下がったわけですが。)今のクックさんに代わって丸4年経過し、5年目に突入。やはり、後任を決めて亡くなるのが一番、本人のためにも、残された会社のためにもいいのかもしれません。そう考えると、任天堂の岩田社長は突然すぎた…。

ぶっちゃけると、このころ(2011年)はまだスマホに否定的で、ガラケーでせっかく培ったものを放り投げてまでスマホに転換する姿勢が好きではなかった、というのはありました。そういう意味では、この5年で自分の心境も大きく変わったといえます。